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7月の祈リ21日

言葉の務めと…… 神の分与 第6週(M6)第2日

 

信者たちに対する神聖な三一の神聖な伝達

 

ヨハネ16:13-15

しかし彼、すなわち実際の霊が来る時、あなたがたをすべての実際へと導く.なぜなら、彼は自分から語るのではなく、彼が聞くことを語り、来たるべき事をあなたがたに明らかにするからである。彼はわたしの栄光を現す.それは、彼がわたしのものから受けて、それをあなたがたに明らかにするからである。父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。……

 

「信者たちに対する神聖な三一の神聖な伝達が、ヨハネ第16章13節から15節において啓示されています。この伝達はちょうど電流の伝達のようです。この伝達は、御父から御子へ、御子からその霊へ、その霊からわたしたちへの伝達です。これがわたしたちの経験のための神聖な三一の動きです」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。 神聖な三一の神聖な伝達を感謝します。御父が持っておられるすべては御子に受け継がれ、御子の「である」すべてはその霊に集約され、その霊はわたしたちの霊に入り、実際としてわたしたちに伝達されます。主よ、神聖な三一の持つすべてを享受することができますように。

 

実際の霊は、わたしたちをすべての実際へと導きます

 

 信者たちに対する神聖な三一の神聖な伝達が、ヨハネによる福音書第16章13節から15節に啓示されています。この伝達はちょうど電流の伝達のようです。電気のスイッチが入るとき、電流、すなわち電気の動きがあり、その動きが伝達です。

 

 第一に、御父が持っておられるものはすべて御子のものです(15節)。これは御父が持っておられるものは御子に伝達されるという意味です。第二に、御子が持っておられるものはすべて、その霊によって受け取られます(14節後半)。これはこの伝達のさらに進んだ段階です。御父は御子に伝達します。それから御子からその霊への伝達があります。第三に、その霊が御子から受け取ったすべては、信者たちに明らかにされています(13、15節後半)。最終的に、三一であるすべて、三一の持つすべては、わたしたちのものとなります。(「神聖な分与におけるさらに深い学び」、第1章)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


7月の祈リ20日

言葉の務めと…… 神の分与 第6週(M6)第1日

 

ヨハネの務めにおける三一の神の分与

 

ヨハネ14:6,23

……わたしは道であり、実際であり、命である.わたしを通してでなければ、だれも父に来ることはない。……だれでもわたしを愛する者は、わたしの言を守る.そしてわたしの父は彼を愛され、わたしたちは彼の所へ行って、彼と共に住まいを造る。

 

「ヨハネの文書の主題は、全宇宙の実際、中心、内容です。それは三一の神がご自身を彼の選ばれた民の中へと分与して、彼らの命また命の供給とし、彼らをみな神聖にし、完全に彼を表現させて永遠へと至らせることを願っておられるということです。このことはわたしたちの実際、わたしたちの中心、わたしたちの内容でもあるべきです」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。主よ、あなたは道であり、実際であり、命であるこを感謝します。神聖な三一の神がご自身を彼の選ばれた民の中へと分与されることを感謝します。土の器であるわたしたちの中にある卓越した宝、三一の神を日ごとに、時間ごとに享受することができますように。

 

わたしたちは御子を通して、目標である御父に到達します

 

 ヨハネの文書の主題は、三一の神がご自身を彼の選ばれた民の中ヘと分与して、彼らの命また命の供給とし、彼らをみな神聖にし、完全に彼を表現させて永遠へと至らせるということです。……全宇宙の実際、中心、内容はまさに三一の神(父、子、霊)がご自身を彼の選ばれた民の中へと分与して、彼らの命また命の供給とし、彼らを神聖にし、完全に彼を表現させ、永遠に至らせるということです。これはまたわたしたちの中心、わたしたちの実際、わたしたちの内容であるべきです。(リー全集、1983年、第2巻(上)、「神聖な三一の神聖な分与」、第10編)

 

 ヨハネによる福音書第14章6節は、信者たちが御子を通して御父に来ること、すなわち御父が信者たちの目標であることを示しています。 ヨハネによる福音書第14章から第16章は、主がこの地上におられた時の、彼と弟子たちの最後の会話を記録しています。彼らに対する最後の語りかけの中で、主はすべて彼の信者たちが御父を追い求めるように指示されました。言い換えるなら、彼らは御父を彼らの目標とすべきであるのです。もしわたしたちがわたしたちの目標である御父に到達しようとするなら、道である御子を通して到達しなければなりません。(「神聖な三一の中で、また神聖な三一と共に生きる」、第4章)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


7月の祈リ18日

言葉の務めと…… 神の分与 第5週(M5)第6日

 

召会の中で、互いに組み合わされて奉仕します

 

マタイ18:19

……あなたがたのうちの二人が求めるどんな事でも、地上で調和一致するなら、天におられるわたしの父によって成就される。

 

使徒1:14

これらの人はみな、……一つ思いでひたすら祈り続けていた。

 

「召会の中で互いに組み合わされて奉仕することは、召会の堕落に打ち勝つことであり、それは神の七倍に強化された霊によって、キリストを命の木、隠されたマナ、宴席として食べることを通して、神の永遠のエコノミーを完成させることです(啓4:5.5:6.2:7,17.3:20-21.ゼカリヤ4:11-14)」。召会の中で互いに組み合わされて奉仕することは、キリストを義、平和、聖霊の中の喜びとして享受することです。「このようにキリストに仕える者は、神に喜ばれ、人にも良しと認められます(ローマ14:17-18)」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。主よ、わたしたちが霊を活用して、一つ思いでひたすら祈り続けることができますように。どんな事でも、地上で調和一致して祈り求めることを学ばせてください。祈りの集会では、主に対する嘆願の短い祈りをし、続いて祈る人がわたしたちの祈りを継続することができるように祈ることを学ばせてください。

 

わたしたちはみな球技のチームのように次々と祈ります

 

 長い祈りは常に祈りの集会を殺します。長い祈りは、あなたが自分を顧みるだけで、他の人を顧みないことを示します。…… もしわたしたちが即時的に生ける霊に従っているなら、だれも教理の要点に満ちた長い祈りをしないでしょう。……祈りの集会は多くの即時的で新鮮な霊感と新鮮な要点を必要とします。……わたしたちはみな球技のチームのように次々と祈ります。一つのチームのメンバーは一つのボールでプレーします。……

 

 わたしたちは持っているすべて、知っているすべての事柄、最近聞いた事柄でさえすべて忘れることを学ばなければなりません。共に集まって来て、何もわたしたちを占有しない開いた霊をもって祈りましょう。空の方法で祈りの集会に来てください。わたしたちは全存在を祭壇の上にささげて祈りの集会に来るべきです。そうすれば、主はわたしたちの内側で働くことができ、わたしたちを暴露することさえできます。わたしたちは何も知らないが、主ご自身を知っているだけであるという態度をもって祈りの集会に来るべきです。(リー全集、1984年、第2巻(下)、「長老訓練、第2巻:主の回復のビジョン」、第10編)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


7月の祈リ17日

言葉の務めと…… 神の分与 第5週(M5)第5日

 

神の祝福は、調和一致して組み合わされ、真の一を持っていることによります

 

ピリピ2:3-4

何事も、自分本位の野心から、また虚栄からするのではなく、むしろ謙虚な思いで、互いに他の人を自分自身よりすぐれていると思いなさい.おのおの自分自身の長所だけでなく、他の人たちの長所にも目をとめなさい。

 

「神の祝福は、わたしたちの一つ思い、また霊の中で互いに調和一致していること、真の組み合わせを持っていること、真の一を持っていることに基づいています(使徒1:14)。わたしたちは言葉の務めをし、交わり、祈るとき、人を批判すべきではありません。特に、人と祈るとき、相反する方法で祈ることを避けるべきです。兄弟たちは砕かれ、他の人に適応し、他の人の機能を尊重する学課を学ぶ必要があります。こうしてはじめて、わたしたちはからだの感覚を守り、わたしたちの間で建造を生み出すことができます」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。わたしたちは真の一を愛します。主よ、わたしたちが自分本位の野心や虚栄から救われて、互いに他の人を自分自身よりすぐれていると思うことができますように。他の人の機能を尊重し、からだの感覚を守り、わたしたちの間で建造を生み出すことができますように。

 

わたしたちに託されたものに忠信であり、他の人たちと組み合わされることを学びます

 

 わたしたちは自分と共に奉仕している人たちの方法を尊重する必要があります。…… すべての人はへりくだって、自分の分を他の人の分よりも高く考えないようにすべきです。わたしたちは他の人たちの感覚を顧みるべきです。彼らが異端を語らず、働きと召会に対して問題を引き起こさない限り、わたしたちはいつでも彼らを尊重し、彼らに適応し、彼らから助けを受けるべきです。……

 

 兄弟たちは、砕かれ、他の人に適応し、他の人の機能を尊重する学課を学ぶ必要があります。わたしたちの主は偉大であって、彼の働きには多くの面があります。こういうわけで、わたしたちは、主がわたしたちに託されたものに忠信であり、他の人たちと組み合わされて働きを行なうことを学び、彼らが行なうことを尊重しなければなりません。彼らが異端を語らない限り、わたしたちは干渉したり、口を出したり、批判したりすべきではありません。こうしてはじめて、わたしたちはからだの感覚を守り、わたしたちの間で建造を生み出すことができます。(「召会の行政と言葉の務め」、第2章)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


7月の祈り16日

言葉の務めと…… 神の分与 第5週(M5)

 

・・・彼の忠信な執事となって・・・

 

Ⅰコリント1:1

 神のみこころを通して召されたキリスト・イエスの使徒パウロと、兄弟ソステネから、

 

 組み合わせは、互いがいなければ、わたしたちは何もできないことを意味します。わたしたちは他の人たちを必要としており、他の人たちもわたしたちを必要としているという感覚があります。

 もしわたしたちがからだの中で組み合わせと依存の原則を失うなら、わたしたちは召会の行政と言葉の務めにおいて強くならないでしょう。わたしたちは他の人たちがいなければ何も行なうこができず、真に互いを必要とするという感覚を持つべきです。

 

 主よ、わたしたちはあまりにも単独で個人主義的です。そのような性質をまだ持っています。しかし、あなたは三一の神、調和の神です。あなたの命がわたしたちの中で生きているなら、わたしたちは調和を持ちます。あなたに似せてください。

 

回復訳聖書フットノートより

(パウロの働きを彼は個人的に行うことは決してありませんでした。コリント人たちに対して彼は兄弟ソステネを必要として、彼と組み合わされていました。)

 Ⅰコリント16:10-21は10節から21節は、麗しい調和の中で実行されている、からだの生活の実行上の絵を与えています。それは、使徒たちと同労者たちとの間だけでなく、彼らと召会との間でも、からだの建造のために行なわれるのです。それは、第12章から第14章でとても強く強調されていることです。

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


7月の祈リ15日

言葉の務めと…… 神の分与 第5週(M5)第3日

 

預言者が受けた啓示は、彼らが受けた負担でした

 

イザヤ13:1

アモツの子イザヤが見た、バビロンについての託宣。

 

ゼカリヤ12:1

イスラエルについてのエホバの言葉の託宣。天を延べ、地の基を据え、人の霊をその中に形づくられたエホバはこう告げられる。

 

「わたしたちは、主からの負担を持って言葉を供給しなければなりません。神に開いた霊は、神から負担を受ける条件です。わたしたちは主との親密な交わりの中で、祈ることを通して負担を受け、負担を解き放つことを学ばなければなりません(ルカ1:53.詩27:4.イザヤ59:16.コロサイ4:2)。預言者が受けた啓示は、彼らが受けた負担でした。負担がなければ、言葉の務めはなく、預言はなく、召会を建造することもありません(イザヤ1:1.2:1.13:1.15:1.ゼカリヤ12:1.マラキ1:1.使徒6:4.Ⅰコリント14:4後半)」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。主よ、わたしたちが神に開いた霊を持ち、主との親密な交わりの中で、神からの啓示と光を受けさせてください。神の御前で人々の状態を感じ取り、神が人に語りたいことを知ることができますように。

 

神の啓示は、わたしたちが受けた啓示の言葉を通して解き放たれます

 

 わたしたちは神から啓示と光を受けなければなりません。しかし、啓示と光だけが言葉の務めを構成しているのではありません。人は思いと理解力において更新されなければなりません。……しかし、たとえわたしたちの思いが明確であっても、わたしたちは正しい言葉を持っていないので、やはり言葉の奉仕者ではないかもしれません。……わたしたちは適切な言葉を持っていないなら、わたしたちが知っている事を伝達せずに、講壇で何時間も語るかもしれません。こういうわけで、わたしたちは神からの言葉を持たなければならないのです。……

 

 負担はわたしたちが霊の中で受ける光であり、光を捕らえる思想であり、最後に光と思想を補う内なる言葉です。負担の最後の段階は、内なる言葉の解放です。これら三つの事柄の組み合わせが、預言者たちの負担を構成します。負担は、光プラス思想プラス内なる言葉です。わたしたちの負担は、神の啓示を人に解き放つことです。また神の啓示は、わたしたちが受けた啓示の言葉を通して解き放たれます。(ニー全集、第53巻、「神の言葉の務め」、第12章)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


7月の祈り14日

言葉の務めと…… 神の分与 第5週(M5)

 

忠信な執事

 

コロサイ1:25

 わたしは、神の執事職にしたがって、その奉仕者になりました.それは、あなたがたのためにわたしに与えられたものであり、……

 

 神の分与は完全に神のエコノミーの中の事柄、彼の御計画の中の事柄、彼の定められた御旨と按配の事柄です。この分与を遂行するために、またこの分与を執行するために、三一の神はご自分が喜ぶ人たち、彼が用いることができる人たちを選んで、彼らを彼の分与者とならせ、彼の恵みを彼ら上に豊かに与えられました。これらの人たちの務めは執事職と呼ばれています。

 

 主よあなたは偉大な方です。あなたはなんでもすることができます。しかし、あなたはご自分だけで何かすることを喜ばれません。あなたは小さなものたちがあなたと一つの行動をすることを喜ばれます。しかしそのためにあなたはわたしたちの中に入る小さな方となられました。不思議なあなたをさらに近く親しく知らせてください。あなたとのミングリンングによりあなたの執事職をまっとうできますように。

 

回復訳聖書エペソ人への手紙フットノートより

 ギリシャ語で、エペソ3章9節の「経綸」と第1章10節にある「経綸」は「エコノミー」であり、同じ言葉です。この言葉は、神に関しては神のエコノミー、神の行政を意味し、使徒に関しては、執事職(「執事職」はⅠコリント9:17でも使われている)を意味します。恵みの執事職は、神の恵みを神に選ばれた民に分与して、召会を生み出し、建造するためです。この執事職から、使徒の務めが出てきます。使徒は神の家の執事であって、キリストを神の恵みとして、神の家族に供給します。

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


7月の祈リ13日

言葉の務めと…… 神の分与 第5週(M5)第1日

 

三一の神の分与は、神のエコノミーのためです

 

Ⅰテモテ1:3-4

……ある人たちが異なる事を教えたり、作り話や果てしのない系図に、心をとめたりすることがないように命じなさい.そのようなものは、信仰の中にある神のエコノミー[経綸]ではなく、むしろ論議を引き起こすだけです。

 

「神の永遠のエコノミーは、神のご計画であり、彼の家庭のエコノミー、彼の家庭の行政です。神の分与、神の分配は、神が彼のエコノミーを完成するための過程また手段です。こういうわけで、神の分与は神のエコノミーのためであるのです(Ⅰテモテ1:3-4と4節のフットノート3)。神のエコノミーは、ご自身をわたしたちの存在の中へと分与して、わたしたちの存在が彼の存在をもって構成されることです。この事は、神がご自身を神聖な命としてわたしたちの中へと分与することによってのみ完成されることができます(エペソ3:16-17前半.ヨハネ10:10.14:6前半.Ⅰコリント15:45後半.ローマ8:2,6,10-11)」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。信仰の中にある神のエコノミーを感謝します。神の分与は神のエコノミーのためです。神がご自身を神聖な命としてわたしたちの中へと分与してくださることを感謝します。わたしたちが天然の命と自己から救い出されて、すべての聖徒と共に、神の住まいの中へと建造されますように。

 

召会は三一の神の中で、神の分与を通して生み出されます

 

 神のエコノミーとは、神がキリストの中で立てられた永遠のご計画です。……聖書の中で啓示されているそのキリストは三一の神の具体化と、肉体と成ること、人の生活、十字架、復活、昇天、降臨を含む、彼が経過したすべての手順の具体化です。……ですから、キリストは神の永遠のエコノミーの要素、領域、手段、目標、目的です。キリストは神のエコノミーにおけるすべてです。事実、神の永遠のエコノミーの内容はすべて、ただキリストです。……

 

 神の新約のエコノミーとは、三一の中で、神ご自身を選びの民の中へと分与する神のご計画です。……この分与によって召会が生み出され、召会はキリストの中で立てられた神の永遠の定められた御旨にしたがって、神の多種多様な知恵を知らせます(エペソ3:9-11)。これが意味するのは、召会が三一の中で神の分与を通して生み出され、神の多種多様な知恵を展覧するということです。(「新約の結論(1)」、メッセージ1)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


7月の祈リ9日

言葉の務めと…… 神の分与 第4週(M4)第4日

 

キリストの昇天の中で彼と共に生き、霊的戦いに従事します

 

マタイ6:10

あなたの王国が来ますように.あなたのみこころが天で行なわれているように、地でも行なわれますように。

 

エペソ2:6

キリスト・イエスの中で、わたしたちを彼と共に復活させ、彼と共に天上で座らせてくださいました。

 

「わたしたちは、復活の中の新創造として、キリストの昇天の中で彼と共に生き、神の王国のために霊的戦いに従事します(雅4:8.6:4,10.エペソ2:6.6:10-12)。昇天の中でわたしたちは、キリストと共に「獅子の洞穴、豹の山から」見ます(雅4:8後半)。獅子の洞穴と豹の山は天上を表徴し、そこにサタンと彼の従属者たちがいます。勝利はすでに得られました。しかし、サタンと彼の邪悪な勢力は、依然として天上にあります。わたしたちは昇天の中で生活し、邪悪な勢力をはるかに超えていなければなりません(エペソ3:10.6:12)」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。わたしたちを主と共に復活させ、主と共に天上で座らせてくださったことを感謝します。わたしたちが昇天の中で生活することができますように。そして、わたしたちが 天の要素を多く持ち、霊的戦いをすることができますように。

 

霊的戦いをするために、昇天の中で生活する必要があります

 

 霊的戦いに従事することのできるただ一種類の人がいます。それは救いを受け入れた人であり、死から復活した人であり、そして今、天上でキリストと共に座している人です。……もしわたしたちが本当に人々をサタンの権力の下から救い出し、彼らが救われるだけでなく完全にサタンの手から離れることを願うなら、福音を宣べ伝えるわたしたち自身が天上に座し、昇天の地位にとどまっている者でなければなりません。……

 

 わたしたちがどれだけ暗やみの勢力を追い出すことができるかは、わたしたちに天的状態がどれだけあるかに直接かかっています。わたしたちが天の要素を多く持てば持つほど、わたしたちはますます霊的戦いをすることができます。わたしたちが天の要素を少ししか持たないなら、霊的戦いの要素も持つことはできません。……人が完全に天的領域に達したとき、彼の全存在、生活、働き、行動はみな霊的戦いです。彼はその行く所で、出会うすべての人から暗やみの力を追い出すことができます。(「命の経験(下)」、第18章)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


7月の祈り8日

言葉の務めと…… 神の分与 第4週(M4)

 

神の尺度の度量と、霊的戦いについての務め

 

エペソ3:1-2

こういうわけで、わたしパウロは、あなたがた異邦人のために、キリスト・イエスの囚人となっています――

あなたがたのために、わたしに与えられた神の恵みの執事職について、あなたがたは確かに聞いていることでしょう.

 

パウロに割り当てられた分は恵みの執事職でした。召会(教会)の奉仕において、わたしたちが認識する必要があるのは、神がある一定の量だけをわたしたちに割り当てておられるので、わたしたちは自分の度量を超えて身を伸ばすべきではないということです。わたしたちは自分の制限、自分の管轄を知って、他の人の領域に入り込まないようにする必要があります。パウロのように、わたしたちは自分の尺度にしたがって、すなわち神がわたしたちに測り与えた程度にしたがって行動し、活動すべきです。

 

 主よ、あなたは主権者です。あなたがあなたのからだである教会を供給し治めています。わたしたちが自分の分を超えて働くことがないように、また、自分に測り与えられた分を地に埋めないように、あなたの主権のもとであなたに仕えることができるあわれみを賜ったことを教えてください。

 

回復訳聖書フットノートより

 恵みとは、キリストの豊富を言います(8節)。神はその豊富を、キリストにあってわたしたちに与えてくださり、わたしたちはそれを得て、享受します。パウロの務めは、キリストの豊富を恵みとして信者たちに分与して、彼らに享受させることでした。

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


7月の祈リ6日

言葉の務めと…… 神の分与 第4週(M4)第1日

 

測りなわの神が、わたしたちに割り当ててくださった尺度の度量にしたがいます

 

Ⅱコリント10:13-14

しかし、わたしたちは自分の度量を越えて誇ろうとはしません.むしろ測りなわの神が、わたしたちに割り当ててくださった尺度の度量にしたがって、遠くあなたがたにまで到達することを誇ります。わたしたちは……無理に身を伸ばしているのではありません.……

 

「使徒パウロは大胆でしたが、限度を越えて大胆ではありませんでした。これは、彼が主の制限の下にあったことを示します。パウロが誇ることは、測りなわの神、管理する神が、彼に割り当てた尺度の度量にしたがっていました。コリントを含めた異邦人世界に対するパウロの務めは、神の度量にしたがっていました(エペソ3:1-2,8.ガラテヤ2:8)。このゆえに、彼の誇りは、この限度の中にありました」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。測りなわの神、管理する神を感謝します。神はわたしたちの働きと経験に対して、一定の度量だけを割り当ててくださっています。主よ、わたしたちが自分の働き、経験、主の享受について証しする時、わたしたちに与えられた度量の中で証しすることを学ばせてください。

 

神の尺度の度量の中で、自分の働き、経験、主の享受について証しします

 

 使徒パウロは大胆でしたが、限度を越えて大胆ではありませんでした。これは、彼が主の制限の下にあったことを示します。パウロが誇ることは、測りなわの神、管理する神が、彼に割り当てた尺度の度量にしたがっていました。コリントを含めた異邦人世界に対するパウロの務めは、神の度量にしたがっていました(エペソ3:1-2, 8.ガラテヤ2:8)。……

 

 13節の「度量」という言葉は、神によって測られることを示します。神はわたしたちの働きと経験に対して、一定の度量だけを割り当てました。さらに、彼はわたしたちに享受する一定の度量だけを与えられました。ですから、わたしたちは自分の働き、経験、主の享受について証しする時、度量の中で、すなわち、一定の限度の中で証ししなければなりません。……わたしたちはみな、主に仕えることと神と共に働くことには、常に制限があることを学ぶ必要があります。これは召会の奉仕においてもそうです。(「コリント人への第二の手紙ライフスタディ(2)」、第51編)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)




集会についてのお知らせ

千葉に在る教会は、コロナの流行により集会参加の際に、注意していただきたい点を掲載してまいりました。しかし政府により、この感染症に対する警戒ランクが引き下げられました。したがって集会時の、注意及び要望を解除いたします。しかし通常のインフルエンザ等における程度の対応は、各自の責任においてお願いします。なお、引き続きZoomを用いて、リモートで集会にあずかることは可能です。こちらの方法での参加についてはご相談ください。参加していただけるようパスワード等をお知らせいたします。集会にリモートで参加してくださる方々においても、積極的な申言・交わりをお願いいたします。

 

今後、集会の変更があった時は、LINE,ホームページ等でお知らせします。主イエス・キリストから恵みと平安が、みなさま一同と共にありますように。