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4月の祈り第13日

(年二回の訓練12月 第8週6日)

 

キリストはわたしたちの経験の中で、現在の実際的な知恵となります

 

Ⅰコリント1:24,30

召されている者には、ユダヤ人にもギリシャ人にも、キリストは神の力、また神の知恵です。…… しかし、あなたがたがキリスト・イエスの中にあるのは、神によるのです.このキリスト・イエスは、神からわたしたちに与えられた知恵、すなわち、義と聖別と贖いとなられました.

 

「わたしたちの割り当てられた分け前、またわたしたちの計り知れないほど豊富な良き地としてのキリストの中で、わたしたちは何も欠けるものがありません。このキリストはわたしたちのすべてに十分な神であり、大いなる「わたしはある」です。わたしたちは主を日ごとに経験し、享受することができます」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。主よ、あなたは神からわたしたちに与えられた知恵、すなわち、義と聖別と贖いとなられたことを感謝します。主よ、わたしたちがあなたをすべてに十分な神、大いなる「わたしはある」として経験し、享受することができますように。

 

 

キリスト・イエスは、神から与えられた知恵、すなわち、義と聖別と贖いです

 

 キリストはまた神からわたしたちに与えられた知恵でもあります(Ⅰコリント1:24後半、30節後半)。わたしたちは日々、わたしたちにとって知恵であるキリストを必要としています。知恵であるキリストは絶えず神からわたしたちへと流れて、わたしたちの経験の中で、今、現在の実際的な知恵となります。キリストはわたしたちの義です(30節後半)。キリストはわたしたちが神によって義とされるための義であり、それはわたしたちが霊の中で再生されて、神聖な命を得るためです。さらに、わたしたちの主観的な義として、キリストはわたしたちの中に住まわれる方であり、それはわたしたちが神によって義とされることができ、また常に神に受け入れられる生活をするためです。

 

 キリストご自身は、わたしたちの聖別です(30節後半)。……これは、キリストは造り変えを生み出す要素であることを意味します。……コリント人への第一の手紙第1章30節によれば、キリストはわたしたちの贖い、すなわち、わたしたちの体の贖いでさえあります(ローマ8:23)。わたしたちの贖いである方として、キリストは「わたしたちの卑しい体をも変貌させ、それをキリストの栄光の体に同形化してくださいます」(ピリピ3:21)。(「1990年秋 訓練生へ語られたメッセージ」、第18章)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


4月の祈り第12日

(年二回の訓練12月 第8週5日)

 

キリストはあらゆる必要であり、すべての享受です

 

ヨハネ8:12

こうして、イエスは再び彼らに語って言われた、「わたしは世の光である.わたしに従う者は、決して暗やみの中を歩くことがなく、命の光を持つ」。

 

ヨハネ4:14

……わたしが与える水は、その人の内で源泉となり、湧き上がって、永遠の命へと至るのである」。

 

「土壌としてのキリストは、神の歴史と奥義であり、彼のパースンと手順とのすべての豊富を伴っています(コロサイ2:2)」。キリストはわたしたちが必要とする光、空気、水、食物、衣服、住まい、享受、安息です」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。土壌としてのキリストは、すべての豊富を伴っていることを感謝します。主イエスよ、あなたは世の光です。 主よ、あなたの御名を呼び求めて、光の中を歩くことができますように。主よ、日ごとにあなたを食べ、飲み、呼吸して、あなたを享受させてください。

 

 

キリストはすべての影の本体であり、あらゆる積極的な事物の実際です

 

 キリストはあらゆる必要であり、すべての享受です。……ヨハネによる福音書第8章12節は、キリストは世の光であり、キリストに従う者はだれでも、暗やみの中を歩くことがなく、命の光を持つと言います。……キリストはまたわたしたちの食物です。ヨハネによる福音書第6章で、キリストはわたしたちに、彼は生けるパンであり、わたしたちが彼を食べるなら、彼のゆえに生きると告げられました(51、57節後半)。……

 

 コリント人への第一の手紙第10章4節によれば、キリストはわたしたちの霊の飲み物です。クリスチャンのレースにおいて、わたしたちはすべてを含む飲み物としての、すべてを含むキリスト以外に何も飲むべきではありません。……キリストはまさにわたしたちの息です。ヨハネによる福音書第20章22節は、キリストは弟子たちの中にご自身を息吹かれたことを見せています。わたしたちは彼の御名を呼び求めることによって、瞬間ごとに彼を呼吸する必要があります。……キリストはすべての影の本体であり、わたしたちの享受のために、宇宙にあるあらゆる積極的な事物の実際です。(「1990年秋 訓練生へ語られたメッセージ」、第18章)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


4月の祈り第11日

(年二回の訓練12月 第8週4日)

 

何も欠けるもののない土壌としてのキリストを享受します

 

コロサイ2:9-10

なぜなら、キリストの中には、神たる方の全豊満が肉体のかたちをもって住んでいるからです.そしてあなたがたは、キリストにあって満ち満たされているのです.彼はすべての支配と権威のかしらです。

 

「コロサイ第2章8節から15節は、その中でわたしたちが何も欠けるもののない土壌としてのキリストの完全な記述と説明を提示しています。わたしたちが時間を費やして、すべてを含む地としての彼を吸収するとき、これらの節における事実はわたしたちの経験となります。事実は、キリストの中にあり、経験は、キリストによって、またキリストをもってです」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。キリストの中には、神たる方の全豊満が肉体のかたちをもって住んでいることを感謝します。土壌としてのキリストは、わたしたちの霊の中におられます。主よ、わたしたちが土壌としてのキリストの中に根ざして、その豊富な供給を得ることができますように。

 

 

土壌としてのキリストの中に根ざして、満ち満たされます

 

 コロサイ人への手紙第2章7節の「根ざしており」という表現は、土壌があることを暗示します。8節から15節は、わたしたちがその中に根ざしている土壌としてのキリストの完全な記述です。わたしたちはすでに土壌の中に根ざしており、土壌から吸収する要素をもって成長します。わたしたちは土壌としてのキリストが、わたしたちの霊の中におられることを知っています。

 

 このとても特別な土壌の第一の面は、9節に見いだされます……。わたしたちは、神たる方の全豊満が肉体のかたちをもって住んでいる方の中に根ざしています。……[そのとき]、第一に起こる事は、わたしたちがキリストにあって満ち満たされることです(10節)。……[満ち満たされている]というギリシャ語の言葉は完全、完成、満足、満ち満ちた完成を暗示します。土壌としてのキリストの中で、わたしたちは満たされ、完全にされ、完成され、満足を得て、徹底的に供給されます。(「コロサイ人への手紙ライフスタディ(3)」、第53編)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


4月の祈り第10日

(年二回の訓練12月 第8週3日)

 

わたしたちは良き地としてのキリストの中に根ざしています

 

コロサイ2:7,19

すでに彼の中に根ざしており、そして建造されながら…… かしらに結び付いていないのです.この方から、からだ全体は、節と筋によって豊かに供給され、結合され、神の増し加わりによって成長するのです。

 

「コロサイ第2章6節から7節が啓示しているのは、その中でわたしたちが何も欠けるもののない(申8:9)良き地としてのキリストが、豊富な土壌であって、わたしたちはその中に根ざしており、その土壌から吸収する要素をもって成長するということです(エペソ3:17後半)。日ごとにわたしたちは、時間を取ってキリストを吸収する必要があります」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。わたしたちがすでにキリストの中に根ざしていることを感謝します。主よ、わたしたちが時間を取って主の足下に座り、主を吸収し、主の豊富を享受することができますように。

 

 

日ごとに時間を取って主を吸収し、時間を取ってキリストの豊富を消化します

 

 成長も建造も根ざすことにかかっています。……良き地として、キリストご自身は豊富で、肥沃な土壌です。わたしたちはすでにキリストの中に根ざしており[コロサイ2:7]、日ごとにキリストの豊富な養分をわたしたちの中へと吸収し、わたしたちを成長させる要素としなければなりません。一日中、柔らかい根としてのわたしたちは、土壌としてのキリストの豊富を吸収すべきです。わたしたちはこれらの豊富を吸収すればするほど、ますますキリストによって浸透され、有機的にキリストによって置き換えられます。これが成長すること、キリストの中で建造されることです。……

 

 わたしたちの必要は、時間を取って神を吸収することです。わたしたちは日ごとに時間を取って食物を食べるように、日ごとに時間を取って主を吸収し、時間を取ってキリストの豊富を消化すべきです。…… あなたの状況、状態、失敗、弱さを忘れ、ただ時間を取って主を享受してください。……あなたが時間を取って主を吸収するなら、キリストの中で何の欠けることもないと、証しすることができるでしょう。(「コロサイ人への手紙ライフスタディ(3)」、第52編)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


4月の祈り第9日

(年二回の訓練12月 第8週2日)

 

キリストにあずかり、キリストを享受する唯一の道は、光の中にあります

 

Ⅰヨハネ1:5

さて、わたしたちが彼から聞いて、あなたがたに伝える知らせはこれです.すなわち、神は光であって、神の中には少しの暗やみもありません。

 

イザヤ2:5

ヤコブの家よ、来たれ.わたしたちはエホバの光の中を歩もう。

 

「わたしたちは、良き地としてのすべてを含むキリストを享受するために「光の中に」いなければなりません。光は神の臨在です(コロサイ1:12.Ⅰペテロ2:9.イザヤ2:5.Ⅰヨハネ1:5)。神は光です(Ⅰヨハネ1:5)。神の言葉は光です(詩119:105,130)。キリストは光です(ヨハネ8:12.9:5)。キリストの命は光です(1:4)。信者たちは光です(マタイ5:14.ピリピ2:15)。召会は、光をもって輝く燭台です(啓1:20.詩73:16-17)」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。神は光であり、神の中には少しの暗やみもないことを感謝します。主よ、わたしたちが主と交わり、内なる油塗りに従って、光の中を歩むことができますように。

 

 

召会の中、また集会の中で、わたしたちは光の中にいます

 

 キリストにあずかり、キリストを享受する唯一の道は、光の中にあります。神とキリストは光です。主に向き、主の臨在の中に入る時、わたしたちは光の中にいて、自然にわたしたちの分け前としての主を享受し始めます。…… わたしたちはさらに多く主と接触する必要があります。わたしたちはおおいのない顔と開かれた心で主の御言を読む必要があります。わたしたちは主と交わり、内なる油塗りに従う時、実際的に内側の命としての主を経験するでしょう。この命は光です。内なる油塗りに従うなら、わたしたちは光の中にいるでしょう。わたしたちはまた、真実な方法で人と交わることによって、光の中にもたらされます。交わりの中に光の輝きがあります。

 

 さらに、わたしたちは召会生活の中にいて、集会に参加する必要があります。なぜなら召会の中、また集会の中で、わたしたちは光の中にいるからです。召会の集会で、わたしたちはしばしば内側深くに、光の中にいてわたしたちの分け前としてのキリストを享受しているという感覚を持ちます。このすべては、わたしたちが光の中にいて聖徒たちの分け前としてのキリストを享受するための手段です。(「コロサイ人への手紙ライフスタディ(1)」、第7編)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


4月の祈り第8日

(年二回の訓練12月 第8週1日)

 

光の中で、聖徒たちに割り当てられた分け前にあずかります

 

コロサイ1:12

光の中で、聖徒たちに割り当てられた分け前にあずかるようにと、あなたがたを資格づけてくださった御父に、感謝をささげるように.

 

Ⅰペテロ2:9

……それは、あなたがたを暗やみから、驚くべき光の中へ召してくださった方の美徳を、あなたがたが告げ知らせるためです.

 

「首位である、すべてを含む方としてのキリストは、光の中で聖徒たちに割り当てられた分け前であり、わたしたちに経験と享受を与えます(コロサイ1:12)。新約の信者たちの割り当てられた分け前は、物質の地ではなく、命を与える霊としてのすべてを含むキリストです(コロサイ2:6-7.ガラテヤ3:14)」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します  光の中で、わたしたち聖徒たちに割り当てられた分け前があることを感謝します。主よ、わたしたち新約の信者たちに割り当てられた命を与える霊としてのすべてを含むキリストを享受することができますように。

 

 

キリストの計り知れない豊富を享受し、建造されて、キリストのからだ、召会となります

 

 「割り当てられた分け前」は、嗣業の分け前を指しています。それはイスラエルの子たちに、カナンの良き地の分け前が、彼らの嗣業として割り当てられたことで例証されます(ヨシュア14:1)。新約の信者の嗣業、彼らに割り当てられた分け前は、物質の地ではありません。それは、すべてを含むキリストです。彼は聖徒たちの享受のために、彼らの神聖な嗣業としての割り当てられた分け前です。(コロサイ1:12、フットノート2)

 

 神のエコノミーの目標は、単に彼の民を贖い、エジプトで予表されるこの世から救うことだけでなく、良き地で予表されるキリストの中へともたらし、彼らがキリストを所有し、キリストの計り知れない豊富を享受することでもあります。イスラエルの子たちは地の豊富を享受することによって、宮を建造して、地上での神の住まいとならせることができました。また、エルサレムの都を建造して、地上に神の王国を設立することができました。同じように、キリストにある信者たちは、キリストの計り知れない豊富を享受することによって建造され、キリストのからだ、召会となります。それは、キリストの豊満、彼の表現(エペソ1:22-23)であり、また神の住まい(エペソ2:21-22.Ⅰテモテ3:15)と神の王国です(マタイ16:18-19.ローマ14:17)。(申命記8:7、フットノート1)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


4月の祈り第6日

(年二回の訓練12月 第7週6日)

 

わたしたちは、自分が主の昇天の中にいることを見る必要があります

 

エペソ2:6

キリスト・イエスの中で、わたしたちを彼と共に復活させ、彼と共に天上で座らせてくださいました。

 

コロサイ1:27

神は彼らに、異邦人の間にあるこの奥義の栄光の豊富がどんなものであるかを、知らせたいと願われました.それはあなたがたの内にいますキリストであり、栄光の望みです。

 

「わたしたちは、自分が主の昇天の中にいることを見る必要があります(エペソ2:6)。恵みの時代全体は、主の昇天の時期です(1:20)。主は今日、ご自身の昇天において、わたしたちの霊の中にいます(Ⅱテモテ4:22前半)」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。わたしたちの内にいますキリストは栄光の望みであることを感謝します。主よ、わたしたちが主の昇天の中にいることの啓示を与えてください。わたしたちの霊の中で、主と共に昇天の中にいるという霊的な実際を経験することができますように。

 

 

主は今日、ご自身の昇天において、わたしたちの霊の中にいます

 

 天の務めは主の昇天における彼の働きです。…「昇天」という用語は、主が天に昇った時から、主の再来の時に天から下って来る時までの期間を含みます。… 恵みの時代全体は主の昇天の時期です。彼は天で、多くのことを行なっておられますが、今日のクリスチャンは、このキリストの務めに対してあまり注意を払っていません。今日、彼は天で神の右に座しておられる(ローマ8:34)だけでなく、わたしたちの中にもおられます(10節)。これはとても奥義的です。

 

 主は昇天において天におられ、わたしたちの中にある主の臨在も昇天の中にいます。今日わたしたちは昇天の中にいます。わたしたちは地的な人でなく、天的な人です。ピリピ人への手紙第3章20節は、わたしたちの国籍は天にあると言います。わたしたちは天の市民ですから、みな昇天の中にいます(エペソ2:6後半)。……主は昇天において、わたしたちの中へと入って来られました。主は今日、ご自身の昇天において、わたしたちの霊の中におられます。三一の神は、この昇天において、わたしたちの中で行動し、この行動は彼の歴史となります。それはまたわたしたちの歴史となります。(「人の中の神の動き」、メッセージ8)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


4月の祈り第5日

(年二回の訓練12月 第7週5日)

 

キリストは彼の昇天において、天における大祭司とされました

 

ヘブル4:14-15

……わたしたちは、天を通って行かれた大いなる大祭司、イエス、神の御子を持っているのですから、その告白をしっかりと保持しようではありませんか。わたしたちの大祭司は、わたしたちの弱さに同情することのできない方ではなく、罪のないことは別にして、すべての面でわたしたちと同じように試みられたのです。

 

「キリストは彼の昇天において、天における大祭司ともされました。彼は神の臨在の中でわたしたちを担い、またわたしたちのすべての必要を顧みます。彼は昇天において彼の祭司の職務に就任しました(ヘブル2:17-18.4:14-15.詩110:1-4.ヘブル5:6.7:26)」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。主よ、あなたは昇天において、わたしたちの大いなる大祭司であることを感謝します。大祭司として、わたしたち召会のためにとりなしてくださっていることを感謝します。わたしたちのすべての必要を顧みておられることを感謝します。

 

 

キリストは、天において諸召会のためにとりなしている大祭司であり、顧みている大祭司です

 

 キリストは彼の昇天において、天における大祭司ともされました[ヘブル4:14]。……主は肉体と成ることを通して神からわたしたちに来られました。そして復活と昇天を通してわたしたちから神に戻って行ってわたしたちの大祭司となり、神の臨在の中でわたしたちを担い、わたしたちのすべての必要を顧みておられます(2:17-18.4:15)。……キリストは彼の昇天において、天を通って行かれました。今や彼は天におられるだけではなく(9:24)、天より高く、すべての天よりもはるかに高いのです(エペソ4:10)。彼は昇天において彼の祭司の職務へと就任しました。…… 

 

 啓示録でキリストがまず行政執行者としてではなく、祭司として明らかにされていることは意義深いのです。啓示録第1章13節は、「その燭台の間に、人の子のような方が、足まで垂れた衣を着て」と言います。一方でキリストは、天において諸召会のためにとりなしている大祭司です(ヘブル7:25-26.ローマ8:34)。もう一方で彼は、諸召会において行動しそれらを顧みている大祭司です。(「ルカによる福音書ライフスタディ(3)」、第79編)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


4月の祈り第4日

(年二回の訓練12月 第7週4日)

 

キリストは昇天において、彼のからだである召会のかしらとされました 

 

コロサイ1:18

そして御子は、召会であるからだのかしらです.彼は初めであり、死人の中から最初に生まれた方です.それは彼ご自身が、万物のうちで第一位となるためです。

 

エペソ3:19

……知識を超越したキリストの愛を知ることができるように.また、あなたがたが満たされて、神の全豊満へと至るように。

 

「キリストは彼の昇天において、彼のからだである召会のかしらとされました。それは彼の豊満の中で神を表現するためです(コロサイ1:18.エペソ1:23.3:19)。かしらとからだは一であり、宇宙的な人を形成します。この神聖な事柄には、空間の要素も時間の要素もありません。からだは神聖な命において、また神聖な霊においてかしらと一です」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。かしらであるキリストからの神聖な伝達を感謝します。主よ、わたしたち召会は、神聖な命において、また神聖な霊においてかしらと一です。主よ、あなたが到達し獲得されたものは何であれ、今や召会の中へと伝達されています。わたしたちがいつも開いて、日ごとに神聖な伝達を経験することができますように。

 

 

からだは神聖な命において、また神聖な霊においてかしらと一です

 

 わたしたちは、「キリストの昇天はわたしから遠くかけ離れたものです。わたしはそれを理解することができず、神聖な伝達を見ることができません」と言うべきではありません。あなたは惑星に太陽の周りを回転させている力を見ることはできませんが、やはりそれを信じます。わたしたちは神聖な霊の領域の中に力があって、キリストが彼の昇天の中で到達し獲得されたすべてを、わたしたちに伝達していることを信じる必要があります。……彼が到達し獲得されたものは何であれ、今や召会の中へと伝達されつつあります。わたしたちが清い容器であり、進んで自分自身を開いている限り、この伝達は絶えず起こります。……

 

 わたしたちは神聖な伝達を信じるだけであってはなりません。日ごとにそれを経験する必要があります。わたしはこの伝達を経験しているので、何もわたしを打ち破り、妨げ、圧迫することはできないと、証しすることができます。光、命の供給、支える力は、この神聖な伝達のゆえに絶えずわたしに来ます。(「ルカによる福音書ライフスタディ(3)」、第78編)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


4月の祈り第3日

(年二回の訓練12月 第7週3日)

 

キリストを万物の上にかしらとして召会に与えられました

 

エペソ1:22-23

また神は、万物をキリストの足の下に服従させ、そして彼を万物の上にかしらとして召会に与えられました.この召会は、キリストのからだであり、すべての中ですべてを満たしている方の豊満です。

 

「わたしたちは、主の昇天の主観的な面を見る必要があります(参照、詩91:1.雅4:7-8.6:10)。エペソ第1章19節から23節は、昇天したキリストからわたしたちに対する伝達があることを啓示しています。22節は、神はキリストを「万物の上にかしらとして召会に」与えたと言っています。「召会に」という句は、昇天したキリストから召会、彼のからだに対する伝達を示します」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。神は、キリストを万物の上にかしらとして召会に与えられたことを感謝します。昇天したキリストからわたしたち召会に対する伝達があることを感謝します。主よ、わたしたちが開いて、あなたの伝達を受けることができますように。

 

 

昇天したキリストからわたしたちに対する伝達があります

 

 神がキリストをかしらとされたのは、召会にです。それは召会に伝達されます。召会はそれにあずかります。これはエペソ人への手紙第1章19節の「わたしたちに働く彼の力」という言葉と符合します。「わたしたちに」という句がかぎです。なぜなら、それも伝達を示すからです。……昇天したキリストから召会への神聖な伝達を通して、人・救い主の昇天は明確にわたしたちと関係があります。彼の昇天の中でわたしたちが彼に結合されていることに何の疑いもあり得ません。

 

 こういうわけで、エペソ人への手紙第2章6節は、わたしたちはキリスト・イエスの中で、共に天上で座らせられていると告げています。わたしは何年間も、…… わたしたちがどのようにして天上で座らせられることができるのか、理解することができませんでした。わたしは、電気がすばらしい例証であって、これを理解するのを助けることを見いだしました。わたしたちの家庭で作動している電気は、発電所にもあります。これは、電気が同時に発電所とわたしたちの家庭の両方にあることを意味します。同じように、神聖な伝達を通して、わたしたちは天でキリストに結合されています。これは……驚くべき事実です。天の発電所の中にある力は、わたしたちの中にもあるのです。(「ルカによる福音書ライフスタディ(3)」、第78編)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


4月の祈り第2日

(年二回の訓練12月 第7週2日)

 

キリストの昇天において、神はキリストを天の務めに就任させました

 

使徒2:36

……あなたがたが十字架につけたこのイエスを、神は主またキリストとされたのです。

 

ヘブル1:9

あなたは義を愛し、不法を憎まれます.それゆえに神、あなたの神は、歓喜の油を、あなたのパートナーにまさって、あなたに塗られました」と言われます。

 

「イスラエルの全家は、確かに知っておきなさい.あなたがたが十字架につけたこのイエスを、神は主またキリストとされたのです」(2:36).この節の「された」という言葉は、「就任した」を意味すると理解することができます。キリストの昇天において、神はキリストを彼の天の務めに就任させました」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。わたしたちの霊の中におられるキリストは、今や昇天において、キリストとして天で御座に着いておられます。天においても地においても、いっさいの権威があなたに与えられています。主よ、わたしたちが神聖な権威の下で生きるという学課を学ぶことができますように。

 

 

昇天において、キリストは万物を所有する万民の主とされました

 

 昇天において、キリストは万民の主です(使徒2:36.10:36)。神として、キリストは常に主でした(ルカ1:43.ヨハネ11:21.20:28)。しかし人として、彼は復活の中で彼の人性を神の中へともたらした後、昇天において主とされました。昇天において、キリストは万物を所有する万民の主とされました。使徒行伝第10章36節で、ペテロはキリストのことを「万民の主」と語っています。ここの「万民」はすべての人、すべての民を指しています。キリストは昇天において、ユダヤ人の主だけではなく、異邦人の主でもあります。彼は地上にいるすべての異なる人種と民の主です。

 

 彼は昇天の前に主でしたが、公式にはこの職務へと就任しておられませんでした。神に対する旧約の名の一つは主(ヘブル語、アドナイ――Adonai)であって、「主人」を意味します。キリストは旧約ではアドナイでした。そして彼は人、軽べつされたナザレ人に成られました。この方は、地上にいた時でさえ主でした。しかし、彼は昇天においてはじめて、彼の主権へと就任されました。キリストは昇天において、すべての人だけでなく、万物の主として就任されたのです。(「新約の結論(1)」、メッセージ31)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)



4月の祈り第1日

(年二回の訓練12月 第7週1日)

 

主はご自身の昇天によって栄光と尊貴を冠として与えられました

 

ヘブル2:9

ただ、イエスが栄光と尊貴を冠として与えられたことを見ます.彼が死の苦しみのゆえに、御使いたちより少し劣ったものとされたのは、……

 

ヘブル12:2

わたしたちの信仰の創始者、また完成者であるイエスを、ひたすら見つめていなさい.彼はご自分の前に置かれた喜びのために、恥をもいとわないで十字架を耐え忍び、そして神の御座の右に座しておられるのです。

 

「人・救い主の昇天は、彼の天の職務に就任することであり、それは、創造、肉体と成ること、人の生活、十字架、復活の過程を通してであり、神また人として、創造主また被造物として、贖い主、救い主、命を与える霊としてであり、神の行政を執行し、神の新約エコノミーを完成するためです。主はご自身の昇天によって、栄光と尊貴を冠として与えられました(ヘブル2:9)」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。主よ、あなたは十字架を耐え忍び、神の御座の右に座しておられることを感謝します。あなたは今も天でわたしたちのためにとりなしてくださっています。主よ、あなたの祈りがわたしたちの祈りとなりますように。

 

主の昇天は天の職務に就任することであり、神の行政を執行します

 

 わたしたちは人・救い主の昇天を理解しようとするなら、それが彼の天の職務に就任することであることを見る必要があります。この就任することは長い過程を必要としました。それは、創造で始まり、肉体と成ること、人の生活、十字架、復活をもって継続しました。この過程は、神、人、創造主、被造物、贖い主、救い主、命を与える霊としての人・救い主と関係がありました。

 

 主イエスは就任して、神の行政を執行し、神の新約エコノミーを遂行されました。客観的な面で、主の昇天は、彼が栄光と尊貴を冠として与えられるようにし(ヘブル2:9)、神の行政のために御座に着かせられるようにし(12:2)、彼が主となって万物を所有し、キリストとなって神の委託を遂行するようにしました。(「ルカによる福音書ライフスタディ(3)」、第76編)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


3月の祈り第30日

(年二回の訓練12月 第6週6日)

 

キリストの御座に近づくその秘訣は、わたしたちの霊です

 

ヘブル4:16

ですから、わたしたちがあわれみを受け、また時機を得た助けとなる恵みを見いだすために、大胆に、恵みの御座に進み出ようではありませんか。

 

ヘブル4:2

……その聞いた言は、彼らにとって益となりませんでした.それが聞いた者たちの中で、信仰と混ざり合わされなかったからです。

 

「ヘブル人への手紙の筆者はヘブル人信者たちに、魂の中でさまよってためらうことをしないで、霊の中へと前進して、天のキリストにあずかり、彼を享受するようにと勧めました。天の御座に座しているキリストは(ローマ8:34)、今やわたしたちの中にも(10節)、すなわちわたしたちの霊の中にもいます(Ⅱテモテ4:22)。この霊は、神の住まいがある所です(エペソ2:22)」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。主よ、天の御座に座しているキリストは、わたしたちの霊の中にもおられることを感謝します。わたしたちがあわれみを受け、また時機を得た助けとなる恵みを見いだすために、いつもわたしたちの霊に戻ることができますように。そして、天のはしごとしてのキリストを通して、恵みの御座に触れることができますように。

 

 

わたしたちの霊は今日、神の住まいである場所です

 

 疑いもなく、[ヘブル人への手紙第4章16節]で述べられている御座は、天にある神の御座です(啓4:2)。……この御座は、神と小羊の御座です(啓22:1)。わたしたちは今、まだ地上に生きているのに、どのようにして天にある神と小羊、キリストの御座に近づくことができるのでしょうか? その秘訣は、ヘブル人への手紙第4章12節で述べられているわたしたちの霊です。天の御座に座しているキリストは(ローマ8:34)、今やわたしたちの中にも(10節)、すなわちわたしたちの霊の中にもいます(Ⅱテモテ4:22)。この霊は、神の住まいがある所です(エペソ2:22)。ベテル、神の家、神の住まい、すなわち、天の門において、キリストははしごであり、地を天に結び付け、天を地にもたらします(創28:12-17.ヨハネ1:51)。

 

 わたしたちの霊は今日、神の住まいである場所ですから、この霊は今や天の門であり、そこにおいてキリストははしごであって、わたしたち地上の人を天に結び付け、天をわたしたちにもたらします。ですから、わたしたちが霊に戻る時はいつでも、天のはしごとしてのキリストを通して、天の門に入り、天にある恵みの御座に触れます。(ヘブル4:16、フットノート1)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


3月の祈り第29日

(年二回の訓練12月 第6週5日)

 

わたしたちは霊の中でキリストを享受するとき、カナンにいます

 

ヘブル4:12

なぜなら、神の言は生きていて効力があり、どんなもろ刃の剣よりも鋭く、魂と霊、関節と骨髄を切り離すまでに刺し通して、心の思考と意図を識別することができるからです。

 

Ⅱテモテ4:22

主があなたの霊と共におられますように。恵みがあなたと共にありますように。

 

「良き地としてのキリストを享受する手段は、生きていて効力がある神の言葉です。これはわたしたちが霊の中で経験するものです。ヘブル人信者たちは、彼らのヘブルの宗教をどのようにしようかと、彼らの思いの中で迷っていました。このような思いの中で迷うことは、魂の中でさまようことであって、霊の中でキリストを経験することではありませんでした」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。主がわたしたちの霊と共におられることを感謝します。主よ、わたしたちが自分の魂の中をさまようとき、荒野にいます。主よ、生きていて効力がある神の言によって、わたしたちの霊と魂が分けられますように。そして、わたしたちの霊の中でキリストを経験することができますように。

 

 

霊と魂を分けるためには、魂が砕かれる必要があります

 

 わたしたちは、物質の楽しみや罪深い事柄を求めるとき、エジプトによって予表されるこの世にいます。わたしたちは、自分の魂の中をさまようとき、荒野にいます。わたしたちは霊の中でキリストを享受するとき、カナンにいます。……[ヘブル人への手紙]の受取人であるヘブル人信者たちは、古いヘブルの宗教をどのようにすべきかと、迷っていました。このような思いの中で迷うことは、魂の中でさまようことであって、霊の中でキリストを経験することではありませんでした。……

 

 骨髄と関節を分けるためには(ヘブル4:12)、おもに関節が砕かれる必要があります。同じ原則で、霊と魂を分けるためには、魂が砕かれる必要があります。ヘブル人信者たちの魂、およびその迷っている思い、神の救いの道に対する疑い、自分の利益を考慮することは、生きていて、活動しており、刺し通す神の言葉によって砕かれなければなりませんでした。そうすれば、彼らの霊は魂から分けられます。(ヘブル4:12、フットノート2と3)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


3月の祈り第28日

(年二回の訓練12月 第6週4日)

 

神聖な原則は  神と共に享受を持ってから、主と共に働きます

 

出31:17

それは、永遠にわたしとイスラエルの子たちとの間のしるしである.それは、六日の間にエホバが天と地を造り、七日目に安息し憩われたからである。

 

Ⅰコリント15:10

しかし、神の恵みによって、今のわたしがあるのです.……わたしは彼らのだれよりも多く労苦してきました.しかし、それはわたしではなく、わたしと共にある神の恵みです。

 

「出エジプト記第31章12節から17節が啓示しているのは、安息日が幕屋の建造の命令の後にあるということです。[安息日と幕屋を建造する働きとの関係](出31:13フットノート1 を参照)」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。主よ、神の恵みによって今のわたしがあることを感謝します。主よ、まず神と共に安息し、神を享受し、神で満たされ 、神と一にならせてください。その後、わたしたちが神と共に働き、召会を建造することができますように。

 

 

わたしたちが帯びるしるしとは、まず神と共に安息し、神を享受し満たす方と一になって、彼と共に働くことです

 

 わたしたちが享受を得るまで、神がわたしたちに働くことを求めないのは、神聖な原則です。神はまずわたしたちを、享受をもって供給されます。……もしわたしたちが、どのように神と共に享受を持つか、どのように神ご自身を享受するかを知らないなら、どのように彼と共に働くかを知りません。わたしたちは神の神聖な働きの中で、どのように神と一であるかを知りません。(「出エジプト記ライフスタディ(8)」、第172編)

 

 わたしたちは神の民として、一つのしるしを帯びているべきです。そのしるしとは、わたしたちは神にわたしたちの力、活力、すべてとなっていただく必要があり、それによって、わたしたちは彼と共に働いて、キリストのからだとしての召会を建造することができるというものです。これは彼を尊び、彼に栄光を帰します(Ⅰコリント15:10,58)。わたしたちが帯びるしるしとは、わたしたちがまず神と共に安息し、神を享受し、神のゆえに憩い、神で満たされ、それからわたしたちを満たす方と一になって、彼と共に働くというものです。これは神との永遠の契約、永遠の合意です。

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


3月の祈り第27日

(年二回の訓練12月 第6週3日)

 

主のくびきを負い、主から学んで、わたしたちは魂に安息を見いだします

 

マタイ11:28-30

すべて労苦し重荷を負っている者は、わたしに来なさい.そうすれば、わたしはあなたがたに安息を与える。わたしは心の柔和なへりくだった者であるから、わたしのくびきを負い、わたしから学びなさい.そうすれば、あなたがたは魂に安息を見いだす。なぜなら、わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。

 

「わたしたちは、マタイ第11章28節から30節における主の言葉に注意を払う必要があります。『すべて労苦し重荷を負っている者は、わたしに来なさい.そうすれば、わたしはあなたがたに安息を与える』。主のくびきを負うとは、御父のみこころを取ることです。それは、律法や宗教のどんな義務によって規制されたり制御されたりすることではなく、」御父のみこころによって拘束されることです」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。主よ、あなたは 安息を与える方であることを感謝します。主よ、わたしたちが何事にも思い煩うことなく、わたしたちのすべての要望を主に告げることができますように。そして、主のくびきを負い、御父のみこころを取ることができますように。

 

 

神のエコノミーにおけるあらゆることは、重荷ではなく享受です

 

 主は心の柔和なへりくだった者であるので、彼のくびきを負い、彼から学ぶよう弟子たちに命じられました。そうすれば、彼らは魂に安息を見いだします(マタイ11:29)。柔和であるとは反対に抵抗しないことを意味し、へりくだるとは、自己を高く考えないことを意味します。主からの安息はわたしたちの魂のためです。それは内側の安息であって、単なる性質における外側のものではありません。苦しみや悩みは魂の中にあります。

 

 パウロは、何事にも思い煩うことなく、わたしたちのすべての要望を主に告げるようにと告げています。そうすれば神の平安が、わたしたちの心と思考を、キリスト・イエスの中で護衛してくださいます(ピリピ4:6-7)。神のエコノミーにおけるあらゆることは、重荷ではなく享受です。(リー全集、1994年-1997年、第3巻(下)、「神・人の生活」、第12編)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)

3月の祈り第26日

(年二回の訓練12月 第6週2日)

 

安息日の安息が、神の民のために、まだ残されています

 

申12:9

あなたがたは今に至るまで、エホバ・あなたの神があなたに与えようとしておられる安息と嗣業に入っていないからである。

 

ヘブル4:8-9

もしヨシュアが彼らを安息にもたらしていたなら、これらの事柄の後に、神は別の日について、語られはしませんでした。こういうわけで、ある安息日の安息が、神の民のために、まだ残されているのです。

 

「安息日の安息は、わたしたちの安息としてのキリストであり、カナンの良き地によって予表されています(申12:9.ヘブル3:7―4:13)。キリストは三つの段階で、聖徒たちの安息です。召会時代では、天のキリスト、天で神の右に座している方は、わたしたちの霊の中でわたしたちの安息です(マタイ11:28-29)」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。 召会時代において、天のキリストは、わたしたちの霊の中でわたしたちの安息です。今の召会時代において、わたしたちが努め励んで主を追い求める者たちとなり、満ち満ちた方法で主を享受し、勝利を得ることができますように。

 

 

最初の二つの段階の安息は、努め励んで主を追い求める者たちへの賞です

 

 ヘブル人への手紙第4章9節の安息日の安息は、わたしたちの安息としてのキリストであり、カナンの良き地によって予表されています(申12:9、ヘブル4:8)。キリストは三つの段階で、わたしたちの安息です。

 

① 召会時代では、天のキリストとしての彼、すなわち、ご自身の働きから安息して、天で神の右に座しておられる方は、わたしたちの霊の中でわたしたちの安息です(マタイ11:28-29)。

 

② 千年王国では、サタンが地上から除き去された後(啓20:1-3)、キリストと勝利を得た聖徒たちによって、神は表現され、代行され、満足されます。王国を伴うキリストは、勝利を得た聖徒たちのさらに満ち満ちた安息となります。彼らはキリストと共に共同の王となって(4,6節)、彼の安息にあずかり、享受します。 

 

③ 新しい天と新しい地では、すべての敵が、最後の敵である死を含めて、キリストに征服させられた後(Ⅰコリント15:24-27)、神は完全に表現され、代行され、キリストにある贖われたすべての者によって満足されるでしょう。その時キリストは、すべてを征服する方として、神の贖われたすべての民の最も満ち満ちた安息となられ、永遠に至ります。 (「ヘブル人への手紙ライフスタディ(2)」、第18編)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


3月の祈り第25日

(年二回の訓練12月 第6週1日)

 

地上で人が神を表現し神を代行するとき  神にとって安息日の安息です

 

創1:26

……われわれのかたちに、われわれの姿にしたがって、人を造ろう.そして彼らに、海の魚と空の鳥と家畜と全地と地を這うすべての這うものを治めさせよう。

 

創2:2

第七日に、神は行なっていた彼の働きを終えられた.そして第七日に、神は行なっていたすべての働きから安息された。

 

「ヘブル人への手紙の中にある安息日の安息の正しい理解を持つには、聖書の中で最初に述べられている安息日の安息の意義を知る必要があります(創2:2-3)。神は第七日に安息しました。なぜなら、彼は彼の働きを終え、満足したからです。 地上で人が神を表現し神を代行するという状況があるとき、その状況は神にとって安息日の安息です。安息日の安息とは、神の心の願いにおいて神が満足を得ることです(創1:26-28.ヘブル2:6-8前半)」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。 神は人を創造した後、満足し、安息することができました。人は創造された後、神の働きに加わったのではなく、神の安息へ入りました。主よ、わたしたちが自分のすべての働きを止めて、まず神と神が達成されたすべてを享受することができますように。

 

 

安息日の安息とは、神の心の願いにおいて神が満足を得ることです

 

 安息日の安息の正しい理解を持つには、聖書の中でそれについて最初に述べていることを考察する必要があります。聖書が安息日を最初に述べているのは、人の創造の後です(創2:2-3)。もし人が六日目に創造されなかったなら、他のあらゆるものが創造されたにもかかわらず、神は七日目に安息することができなかったでしょう。神を安息させたのは、働きの完了ではなく、人の創造でした。神は人を創造した後、満足し、安息することができました。

 

 二日目を除いて、創造のすべての日に、神は彼のわざを見て、「良かった」と言われました。しかし、六日目の終わりに、人が創造された後、神はご自身が造ったすべてのものを見られて、「非常に良かった」と言われました(1:31)。神が「非常に良かった」と言われたのは、神が満足されたことを意味しました。六日目の終わりに、神を表現するよう神のかたちに造られ、神を代行するよう神の権威を託された人を見て、神は満足し、「非常に良かった」と言われたのです。(「ヘブル人への手紙ライフスタディ(2)」、第18編)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)



2024年    1月1日

朝の祈りの集会 

 

わたしは神の祭壇に、わたしの歓喜と喜びである神に行きます

 

2024年1月1日午前7時から祈りの集会で、わたしたちは詩編第43篇3節-4節の言葉を祈り読みをして、詩歌285を歌い、また家族の救いなどを祈り、享受しました。祈りと共に新しい年を開始できたことを感謝します。

                                             

詩歌285

高き山の上でただ主を見たし、天のみこえを聞き、新鮮な空気を吸う

さらに高嶺へと導きたまえ、霊のいずみ飲みて、さらに主享受す

 

詩篇第43篇3節-4節

 3 あなたの光とあなたの真理を送ってください.それらはわたしを導きます.それらはわたしを、あなたの聖なる山に、あなたの幕屋に連れて行きます。4 わたしは神の祭壇に、わたしの歓喜と喜びである神に行きます.神よ、わが神よ、わたしは竪琴をもってあなたをほめたたえます。

 

詩篇43篇3節、4節フットノート

3-1  光と真理(実際)は分離されたものではなく、一つのものの二つの面です。真理は光の輝きであり、光は真理の源です(Ⅰヨハネ1:5-6と6節のフットノート6、最後の段落)。光がわたしたちの上に輝くと、わたしたちは真理、実際を受けます。わたしたちは交わりの中で神に行くと、光の中にいます。この節によれば、神聖な光と神聖な真理は神の捕囚の聖徒たちを、神の聖なる山と彼の幕屋に導きます。幕屋は諸地方召会を予表します。光と真理は召会の中にあります(Ⅰテモテ3:15)。

 

4-1  詩第42篇から第44篇を書いた詩篇の作者は、捕囚の中で神を愛する者でした(42:6)。彼らは神を慕いあえぎ、神に渇き(42:1-2)、エルサレムに戻りシオンの山に行って祭壇に到達することを願いました。こうして、彼らは宮の中に入って、彼らの歓喜と喜びである神に会うことができました。こういうわけで彼らは、神が彼らに光と真理を与えてくださり(3節)、どのようにして捕囚から解放され、神の住まいに戻るかを知るようにと祈ったのです。

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


第15回オープン福音ルーム

3/31:神・人ー主イエス「わたしもあなたを罪に定めない」

 詩歌:292


第14回オープン福音ルーム

6/25:不思議なキリスト

コリント人への第一の手紙 第15章45節後半

最後のアダムは、命を与える霊と成ったのです。

 


第13回オープン福音ルーム

ヨハネによる福音書 第15章13節

人が友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛を、誰も持つことはない。

 11/6

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神は肉体において現された.pdf
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9/4:神は肉体において現わされた

テモテへの第一の手紙 第3章16節前半

そして確かに、偉大なのは敬虔の奥義です. この方は肉体において現わされ、


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神の愛と慈しみを受ける.pdf
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6/25:神の愛と慈しみを受ける

読み語り旧約聖書・メピボセテの受けた愛と慈しみ

ローマ10:12

ユダヤ人とギリシャ人の区別はありません. 同じ主が、すべての者の主であって、彼を呼び求めるすべての者に、彼は豊かです。


第10回 オープン福音ルーム

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真の平安に来る
4月24日 福音集会アウトライン.pdf
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マタイ11:28

すべて労苦し重荷を負っている者は、わたしに来なさい.  そうすれば、わたしはあなたがたに安息を与える。


2.27 オープン福音ルーム

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命の光を持つ
22年2月27日 アウトライン.pdf
PDFファイル 1.5 MB

ヨハネ8:12

こうして、イエスは再び彼らに語って言われた、「わたしは世の光である.  わたしに従う者は、決して暗やみの中を歩くことがなく、命の光を持つ」。 

詩歌:226 補117

集会についてのお知らせ

千葉にある教会は、ひき続き行動自粛に努めてまいります。しかし、主日(日曜日)には、小規模のパンさきのためのあつまりを、三密(密集・密閉・密接)にならないように注意し、マスク着用で行っております。電車・バスで来られる方もマスク着用の上、ソーシャルディスタンスに注意し、状況が許される範囲でご参加ください。なお体温が37.2°以上の方はひき続き参加はご遠慮ください。

 

集会に参加される方は、まずご自宅で検温をお願いします。集会所では、非接触型赤外線温度計を用意しております。それを用いて、集会当日検温していただくこととなりました。記録して残します。そのさい37.2°を超える値が出たときは、もう一度別の体温計にて再検温していただきます。その後最終判断させていただくという手順になります。皆様のご協力をよろしくお願いいたします。

 

また、zoomを用いてリモートで集会にあずかることも可能です。こちらの方法での参加についてはご相談ください。参加していただけるようパスワード等をお知らせいたします。集会にリモートで参加してくださる方々においても、積極的な申言・交わりをお願いいたします。

 

今後、集会の変更があった時は、LINE,ホームページ等でお知らせします。主イエス・キリストから恵みと平安が、みなさま一同と共にありますように。