朝ごとの食物

6月の祈り 第14日

(朝ごとの食物 召会生活の回復のための極めて重要な要因(1) 第1週1日)

 

ハバクク3:2

……エホバよ、あなたのみわざをこの年のうちに復興してください.……

 

詩119:25

わたしの魂はちりに付いています.あなたの言葉にしたがって、わたしを生かしてください。

 

神聖な啓示の最高峰(高嶺の真理)に到達する

 

「わたしたちが新しい復興の中へと入ることができるのは、神がわたしたちに与えた神聖な啓示の最高峰、すなわち、神の永遠のエコノミーの啓示に到達することによります(Ⅰテモテ1:3-4.Ⅰコリント9:17.使徒26:19, 22)」。

 

 主よ、わたしたちが新しい復興の中へと入ることができますように。神がわたしたちに与えた神聖な啓示の最高峰に到達することができますように。神が人と成ったのは、人が神格においてではなく命と性質において神となるためです。ハレルヤ!

 

 

神の永遠のエコノミーの啓示に到達する

 

 新約の主要な内容とは、三一の神が彼の大いなる喜びにしたがって永遠のエコノミーを持っており、ご自身を彼の選ばれ贖われた人の中へと、彼の命と性質において分与し、彼らをすべて、命と性質において彼であるのと同じにし、彼らを彼の複写として、彼らが彼を表現するということです。この団体的な表現は、新エルサレムにおいて究極的に完成します。

 

 ですから、新エルサレムは、完全に究極的に完成された肉体と成ることの拡大、増し加わり、すなわち三一の神の豊満であり、彼は人性とミングリングされた神性の中でご自身を表現します。これが新約の内容であり、これがヨブが必要とした答えです。(ヨブ記ライフスタディ、第10編)

 

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


6月の祈り 第12日

(朝ごとの食物 キリストのからだとしての召会の内在的で有機的な建造(2) 第5週6日)

 

キリストのからだとして、召会は自治的であることはできません

 

Ⅰコリント1:2

コリントに在る神の召会へ、すなわち、キリスト・イエスの中で聖別された者たち、召された聖徒たち……。

 

Ⅰコリント12:13

……わたしたちはユダヤ人もギリシャ人も、奴隷も自由人も、みな一つ霊の中で、一つからだの中へとバプテスマされ、みな一つ霊を飲むようにされたからです。 

 

「地方召会は、キリストのからだの表現のためであり、キリストのからだのさまざまな地方における現れです(Ⅰコリント1:2.12:27)」。もしわたしたちが、からだを認識し、からだの感覚を持つなら、キリストの有機的なからだとしての召会は、自治と何の関係もないことを認識するようになります」。

 

 主よ、召会はキリストのからだです。主よ、わたしたちが、キリストのからだを認識し、からだの感覚を持つことができますように。諸召会が互いに依存することができますように。

 

 

諸地方召会は相互に依存する状態にとどまっています

 

 諸召会は、絶対的に互いに独立しているべきではありません。すべての信者は互いに依存すべきであり、すべての地方召会も互いに依存すべきです。特に霊的な事柄において、わたしたちは互いに依存すべきです。ある都市の召会は、命において、またその建造において、他の諸召会からの助けを必要とするかもしれません。諸地方召会は相互に依存する状態にとどまるべきです。

 

 自治の観念が恐ろしいのは、それが諸召会をお互いに分離させるからです。わたしたちはこの全宇宙のすべての信者が一人の人であることを、忘れるべきではありません。(キリストのからだ、第2章)

 

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


6月の祈り 第11日

(朝ごとの食物 キリストのからだとしての召会の内在的で有機的な建造(2) 第5週5日)

 

信仰の中にある神のエコノミー[経綸]に心をとめる

 

Ⅰテモテ1:3

わたしがマケドニアへ出発する時あなたに勧めたように、あなたはエペソにとどまっていて、ある人たちが異なる事を教えたり、作り話や果てしのない系図に、心をとめたりすることがないように命じなさい.そのようなものは、信仰の中にある神のエコノミー[経綸]ではなく、むしろ論議を引き起こすだけです。

 

「教えの風の目的、すなわち敵サタンの邪悪な目的は、キリストの有機的なからだを建造することを妨げ、キリストの有機的なからだの肢体を分裂させて、愛と親切の中でキリストのからだの一を保つのではなく、果てしのない分裂を引き起こすことです(Ⅰコリント1:10-11.ユダ19節)」。

 

 主よ、キリストの有機的なからだが建造されますように。主よ、わたしたちが神聖な啓示の中心路線から連れ去られないように守ってください。 

 

 

サタンは聖徒たちをサタンの誤りの体系の中へと誘導する

 

 サタンには体系があり、できることなら、サタンはすべてのクリスチャンをその中へと誘導したいのです。サタンの体系の目標、的、目的は、聖徒たちを妨げる意図をもって神聖な啓示の中心路線から連れ去り、さらにはキリストのからだの建造を破壊することです。

 

 ある教えの風は邪悪には見えません。しかしながら、邪悪な要因がそこにあって、聖徒たちをサタンの誤りの体系の中へと誘導し、彼らがキリストのからだを建造するのを妨げ、さらにはキリストのからだの建造を破壊します。教えの風はまた幼子たち[エペソ4:14]を波にもてあそばせ、それによって召会生活において不安にし苦しませます。(使徒たちの教えと新約のリーダーシップ、[英文])

 

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


6月の祈り 第10日

(朝ごとの食物 キリストのからだとしての召会の内在的で有機的な建造(2) 第5週4日)

 

幼子は、教えのあらゆる風によって吹き回される

 

エペソ4:14-15

それは、わたしたちがもはや幼子ではなく、波にもてあそばれたり、教えのあらゆる風によって吹き回されたりすることがないためです.この教えは、誤りの体系をもくろむこうかつな人の悪巧みです.むしろ、愛の中で真実を固く保って、わたしたちはすべての事で、彼すなわちかしらであるキリストの中へと成長し込むのです。

 

「教えの風によって引き起こされる波から逃れる唯一の道は、命において成長することです。命において成長する安全な道は、正常な召会生活の中にとどまって、キリストと召会を保護とすることです(エペソ4:13-15)」。

 

 主よ、教えのあらゆる風によって吹き回される幼子の状態から、わたしたちを救ってください。主よ、わたしたちが召会生活の中で命において成長することができますように。

 

 

命において成長して、キリストと召会を保護とする

 

 教えの風の目的は召会生活を荒廃させることです(使徒8:3)。これはタルソのサウロが使徒パウロになる前に行なったことです。また教えの風の目的は、キリストの有機的なからだの建造を妨げ、キリストの有機的なからだの建造を破壊し、キリストの有機的なからだの肢体を分裂させて、愛と親切の中でキリストのからだの唯一の一を保つのではなく(Ⅰコリント1:10-11)、憎しみとねたみの中で果てしのない分裂(分派)を引き起こすことです。・・・・・ 

 

 わたしたちは教えの風の目的とその内在的な要因を見てきました。それは、人々をサタンの誤りの体系の中へともたらし、導き入れることをもくろむこうかつな人の悪巧みです。(手順を経て分与する三一の神の有機体であるキリストのからだとしての召会の有機的建造、第5章)

 

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


6月の祈り 第9日

(朝ごとの食物 キリストのからだとしての召会の内在的で有機的な建造(2) 第5週3日)

 

使徒たちの教えを堅く持ち続ける

 

テトス1:9

使徒たちの教えにかなっている信実な言を守る者でなければなりません.それは、彼が健康な教えによって、勧めることも、反対者に非を認めさせることもできるためです。

 

「わたしたちは暗やみの混乱した状況の中で、新約の中にある、照らし秩序を保つ言、すなわち、使徒たちの教えを堅く持ち続ける必要があります(使徒2:42)」。

 

 主よ、使徒たちの教えは健康な教えであり、わたしたちに命を与え、わたしたちを養い、いやしてくださることを感謝します。この使徒たちの教えを堅く持ち続けることができますように。

 

 

使徒たちの教えは、健康で、命に満ちていました

 

 [テトスへの手紙第1章で]言及されている教えは、使徒たちの教えであり(使徒2:42)、それは最終的に新約聖書になりました。これは、諸召会が使徒たちの教えにしたがって設立され、そして使徒たちの教えに従ったことを示します。それはまた、諸召会の秩序が、使徒たちの教えにしたがって与えられた、信実な言によって維持されたことを示します。召会の無秩序はおもに、使徒たちの教えから逸脱することによって起こりました。・・・・・

 

 テトスへの手紙第1章9節でパウロは、「健全な教え」、あるいは「純粋な教え」とさえ言っていません。彼は「健康な教え」について語っています。・・・・・ 健康な教えは常に命と関係があり、わたしたちを養い、いやすことができます。生きているものだけが、健康であることができます。・・・・・使徒たちの教えは健全で純粋であるだけでなく、健康で、命に満ちていました。(テトスへの手紙ライフスタディ、第1編、第2編)

 

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


6月の祈り 第8日

(朝ごとの食物 キリストのからだとしての召会の内在的で有機的な建造(2) 第5週2日)

 

使徒たちの教えにかなっている信実な言を守る

 

テトス2:7-8

すべての事柄について、あなた自身を良いわざの模範として示しなさい.教えには腐敗がなく、謹厳を保ち、非難されることのない健康な言を用いなさい.……

 

 わたしたちは、「使徒たちの教えにかなっている信実な言を守る」者でなければなりません(テトス1:9)。諸召会は使徒たちの教えにしたがって設立され、そして使徒たちの教えに従いました。召会の秩序は、使徒たちの教えにしたがって与えられた信実な言によって、維持されました。

 

 主よ、わたしたちが召会の中で、命の供給を与える、健康な教えを語ることができますように。使徒たちの教えにしたがい、召会を良い秩序のある健全な状態にもたらしてください。

 

 

健康な教えは、召会を良い秩序のある健全な状態にもたらします

 

 健康な教えは常にその信仰の(テトス1:13)真理(1:14)にしたがっています。それは使徒たちの教えの内容、神の新約エコノミーの内容です。それは命の供給を信者たちに与え、霊的な病をいやすだけでなく、そうすることで、召会を良い秩序のある健全な状態にもたらします。

 

 ですから、召会の無秩序と衰退を扱っているテモテヘの第一と第二の手紙、テトスへの手紙の三つの書で、それが大いに強調されているのです。テトスへの手紙第2章1節でパウロはテトスに、健康な教えから、使徒たちの教えから逸脱しないようにと命じました。・・・・・わたしたちは……健康な教えにふさわしい事柄を語ることを思い起こさせられるべきです。(テトスへの手紙ライフスタディ、第3編)

 

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


6月の祈り 第7日

(朝ごとの食物 キリストのからだとしての召会の内在的で有機的な建造(2) 第5週1日)

 

使徒たちの教えは、新約の教え全体です

 

ヘブル1:1-2

神は、……これらの日々の終わりには、御子の中でわたしたちに語られました。……

 

使徒2:42

そして、彼らは使徒たちの教えと交わりを堅く持ち続け、パンをさくことと祈りを堅く持ち続けた。……

 

「使徒たちの教えは、神の永遠のエコノミーの唯一の健康な教えです(使徒2:42.Ⅰテモテ1:3-4.6:3.テトス1:9.2:1)。使徒たちの教えは、新約の教え全体であり、神が御子の中で彼の新約の民に語ったものです(ヘブル1:1-2)」。

 

 使徒たちの教えは、新約における神の語りかけです。主よ、あなたは聖書の御言を通して、語っておられます。わたしたちが聖書を読むときに、生ける神の語りかけがありますように。

 

 

使徒たちの教えとは、新約における神の語りかけ全体です

 

 使徒たちの教えとは、新約における神の語りかけ全体です。新約全体は、使徒たちの教えです。……神は語られました。そして今日、神は依然として語られます。神の語りかけには多くの事柄があります。……今日、神は御子の中でわたしたちに語られます[ヘブル1:1-2]。神は多くの部分において、多くの方法で、預言者たちを通して語るのではなく、御子の中で語られます。神はわたしたちにひとりのパースン、すなわち御子の中で語られます。

 

 使徒たちの教えは、新約における神の語りかけ全体であり、それは第一に人としての御子の中で、第二に使徒たちを通してその霊としての御子の中でです。新約で、神は肉体と成る原則を離れることはできません。彼は人を通して語らなければなりません。四福音書で、その人はイエスでした。続く二十三冊の書で、その人は使徒たちでした。今日、わたしたちがその人です。神は肉体と成る原則の中で語られます。(使徒たちの教え、メッセージ1)

 

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


6月の祈り 第5日

(朝ごとの食物 キリストのからだとしての召会の内在的で有機的な建造(2) 第4週6日)

 

ブレンディングの目的は、キリストのからだの実際の中へともたらすことです

 

啓1:11

それはこう言った、「あなたが見ていることを巻物に書いて、七つの召会に、すなわち、エペソに、スミルナに、ペルガモに、テアテラに、サルデスに、ヒラデルヒヤに、ラオデキヤに送りなさい」。

 

「ブレンディングの目的は、わたしたちすべてをキリストのからだの実際の中へともたらすことです。わたしたちが諸地方召会を尊ぶのは、一つの目的のためです。それはわたしたちが手続きとしての諸地方召会の中にいて、キリストのからだの実際の中へともたらされる必要があるということです」。

 

 主よ、わたしたちがブレンディングされて、キリストのからだの実際の中へともたらされますように。主よ、すべての聖徒たちが、キリストのからだのブレンディングの生活の中へともたらされますように。

 

 

キリストのからだの交わりとブレンディングの実際を持つ

 

 わたしたちはキリストのからだの交わりとブレンディングとの実際を持たなければなりません。そうでなければ、わたしたちがどれほど追い求めても、またわたしたちがどれほど単純でへりくだっていても、遅かれ早かれ、わたしたちの間には問題が生じ、さらには分裂があるようになります。ですから、わたしたちはからだのビジョンによって支配され、すべての召会のすべての聖徒たちを、キリストのからだ全体のブレンディングの生活の中へともたらすことによって、使徒の足跡に従わなければなりません。(神の有機的な救いを経験することは、キリストの命の中で支配することと等しい、第6章)

 

 ブレンディングの目的は、わたしたちすべてをキリストのからだの実際の中へともたらすことです。……わたしが諸地方召会を尊ぶのは、一つの目的のためです。地方召会は、わたしをキリストのからだの中へともたらす手続きです。……ですから、わたしたちが諸地方召会にいる必要があるのは、キリストのからだの実際の中へと導き入れられ、もたらされることができるためです。(リー全集、1994-1997年、第1巻(上)、「ブレンディングに関する実行上の要点」、第1編)

 

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


6月の祈り 第4日

(朝ごとの食物 キリストのからだとしての召会の内在的で有機的な建造(2) 第4週5日)

 

神聖な交わりは、わたしたちを共にブレンディングします

 

Ⅰコリント12:24-25

ところが、わたしたちの美しい肢体には、その必要はありません。神は欠けている肢体にさらに豊かな尊さを与えて、体を調和させられました.それは体に分裂がなく、各肢体が互いに同じ顧みを持つためです。

 

「神聖な交わりは、わたしたちを共にブレンディングします。すなわち、わたしたちを調節し、調整し、調和させ、共にミングリングして、一つからだとならせます(Ⅰコリント10:17.12:24-25)。共にブレンディングされることは、十字架を経過し、その霊によってあらゆる事を行ない、キリストのからだのためにキリストを他の人たちの中へと分与することです(参照、歴代下1:10)」。

 

 主よ、わたしたちはブレンディングされ、ミングリングされますように。わたしたちが常に立ち止まって他の人と交わることができますように。神聖な交わりの中で、キリストの宇宙的なからだの一を保つことができますように。

 

 

からだの生活の中で調整され、ブレンディングされる

 

 からだの生活の中で調整され、ブレンディングされ、調節され、ミングリングされ、調和されるために、わたしたちは十字架を経過し、その霊により、キリストのからだのためにキリストを他の人に分与しなければなりません。……さらに、わたしたちが行なうことは、わたしたちの益のため、またわたしたちの味わいにしたがったものではなく、召会のためであるべきです。(神聖で奥義的な領域、第6章)

 

 ブレンディングは、わたしたちが常に立ち止まって他の人と交わるべきであることを意味します。その時わたしたちは多くの益を受けるでしょう。もしわたしたちが自分を孤立させ隔離するなら、多くの霊的な益を失うでしょう。交わることを学んでください。……ブレンディングを数回、実行し始めた後、その味わいを得るでしょう。これは、キリストの宇宙的なからだの一を保つのに最も助けになる事です。(神聖で奥義的な領域、第6章)

 

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


6月の祈り 第3日

(朝ごとの食物 キリストのからだとしての召会の内在的で有機的な建造(2) 第4週4日)

 

召会の間には、何の組織もなく、キリストのからだの交わりがあります

 

エペソ1:22-23

また神は、万物をキリストの足の下に服従させ、そして彼を万物の上にかしらとして召会に与えられました.この召会は、キリストのからだであり、すべての中ですべてを満たしている方の豊満です。

 

「すべての地方召会は一つの召会です。それらの地方召会の有機的な関係は、神聖な命の有機的な交わりに基づいています。すべての召会の間には、何の組織もありませんが、キリストのからだの交わりがあります(ピリピ1:5.参照、使徒9:31)」。

 

 主よ、わたしたちの交わりが、神聖な命の有機的な交わりに基づいていますように。三一の神の有機体としての召会を感謝します。キリストのからだの生活を実行することができますように。

 

 

諸召会の関係は、神聖な命の有機的な交わりに基づいています

 

 すべての地方召会は一つの召会です。……それらの関係は組織的ではありません。諸召会の関係は神聖な命にしたがって有機的であり、神聖な命の有機的な交わりに基づいていなければなりません。わたしたちはこの見方を保つなら、多くの問題から救われます。・・・・・

 わたしたちはただ、三一の神の有機体としての召会の、からだの生活を実行することを顧慮すべきです。主の回復の中で、わたしたちは自治や同盟を実行しません。わたしたちはただ、キリストのからだにおける唯一の宇宙的な交わりに基づいた実行を持つだけです。一地方の召会は、別の地方の召会と全く関係がないという態度を持つべきではありません。……わたしたちはキリストのからだの唯一の宇宙的な交わりに基づいた唯一の関係を実行すべきです。(手順を経て分与する三一の神の有機体であるキリストのからだとしての召会の有機的建造、第4章)

 

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)


6月の祈り 第2日

(朝ごとの食物 キリストのからだとしての召会の内在的で有機的な建造(2) 第4週3日)

 

一つの神聖な交わりは、織り込まれた交わりです

 

Ⅰヨハネ1:6-7

もし、わたしたちが神と交わりを持っていると言いながら、暗やみの中を歩いているなら、わたしたちは偽っているのであって、真理を実行していません.しかし、神が光の中におられるように、わたしたちが光の中を歩くなら、わたしたちは互いに交わりを持ち、御子イエスの血が、すべての罪からわたしたちを清めます。

 

「一つの神聖な交わりは、織り込まれた交わりです。すなわち、水平の交わりが垂直の交わりと織り込まれています。使徒たちの初期の経験は、御父との、また御子イエス・キリストとの垂直の交わりでした。しかし、使徒たちが永遠の命を他の人たちに伝えた時、彼らは神聖な交わりの水平の面を経験しました(Ⅰヨハネ1:2-3.参照、使徒2:42)」。

 

 主よ、わたしたちが召会生活の中で、水平の交わりと垂直の交わりとを経験することができますように。そして、織り込まれた交わりを享受することができますように。

 

 

水平の交わりは、わたしたちを垂直の交わりへともたらします

 

 ヨハネの第一の手紙第1章2節から3節と6節から7節は、神聖な命の交わりには垂直の面と水平の面の両方があることを啓示しています。交わりの垂直の面は、わたしたちと三一の神との交わりを指しています。交わりの水平の面は、わたしたちの互いの交わりを指しています。

 

 神聖な交わりの水平の面は、人の霊によります。神聖な交わりの垂直の面は、神聖な霊、すなわち聖霊によります(Ⅱコリント13:14.Ⅱテモテ4:22)。…… わたしたちは人の霊によって、神聖な交わりの水平の面へと入ります(ピリピ2:1.啓1:10)。水平の交わりは、わたしたちを垂直の交わりへともたらします。二人の兄弟たちが彼らの霊を活用して真の、正常な、水平の交わりを経験するなら、最終的にとても誠実で真実なとりなしへともたらされます。彼らが共に祈るとき、神聖な交わりの二つの面が織り込まれます。……この織り込まれた交わりは真の交わりです。(三一の神が三部分から成る人に命となる、第17章、第18章――英文)

 

 

 (JGW日本福音書房 回復訳聖書より)

6月の祈り 第1日

(朝ごとの食物 キリストのからだとしての召会の内在的で有機的な建造(2) 第4週2日)

 

キリストのからだの交わりは、諸召会の間の交わりです

 

Ⅰヨハネ1:3

わたしたちが見たもの、聞いたものを、あなたがたにも伝えます.それは、あなたがたもわたしたちと交わりを持つためです.わたしたちの交わりとは、御父との、また御子イエス・キリストとの交わりのことです。

 

「キリストのからだの交わりは、諸召会の間の交わりであり、使徒たちの交わりです(使徒2:42.Ⅰヨハネ1:3)。教えは交わりを生み出し、交わりは教えから来ます(Ⅰコリント4:17.1:9.10:16)。今日の主の回復において、わたしたちは使徒たちの教えの下におり、また使徒たちの交わりの中にいます(使徒2:42)」。

 

 主よ、わたしたち信者の内側にある、永遠の命の流れの中におらせてください。わたしたちがその霊の交わりを通して、御父の愛と御子の恵みを享受することができますように。

 

 

交わりは、永遠の命から流れ出たものです

 

 交わりは、永遠の命から流れ出たもので、実際上、神聖な命を受けて所有している信者たちの内側にある、永遠の命の流れです。それは、新エルサレムにおける命の水の流れによって説明されています(啓22:1)。すべての真の信者は、この交わりの中にあります(使徒2:42)。交わりは、わたしたちの再生された霊の中のその霊によって遂行されます。ですから、それは「聖霊の交わり」(Ⅱコリント13:14)、「[わたしたちの]霊の交わり」(ピリピ2:1)と呼ばれています。

 

 わたしたち信者は、この永遠の命の交わりの中で、御父と御子のすべてに、また御父と御子がわたしたちのために成し遂げたすべてにあずかります。すなわち、わたしたちはその霊の交わりを通して、御父の愛と御子の恵みを享受するのです(Ⅱコリント13:14)。……使徒行伝第2章42節で、それは「使徒たちの交わり」、またヨハネの第一の手紙第1章3節で「わたしたち(使徒たち)の交わり」、御父と御子イエス・キリストとの交わりと呼ばれています。(Ⅰヨハネ1:3、フットノート3)

 

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)