7月の祈リ9日
言葉の務めと…… 神の分与 第4週(M4)第4日
キリストの昇天の中で彼と共に生き、霊的戦いに従事します
マタイ6:10
あなたの王国が来ますように.あなたのみこころが天で行なわれているように、地でも行なわれますように。
エペソ2:6
キリスト・イエスの中で、わたしたちを彼と共に復活させ、彼と共に天上で座らせてくださいました。
「わたしたちは、復活の中の新創造として、キリストの昇天の中で彼と共に生き、神の王国のために霊的戦いに従事します(雅4:8.6:4,10.エペソ2:6.6:10-12)。昇天の中でわたしたちは、キリストと共に「獅子の洞穴、豹の山から」見ます(雅4:8後半)。獅子の洞穴と豹の山は天上を表徴し、そこにサタンと彼の従属者たちがいます。勝利はすでに得られました。しかし、サタンと彼の邪悪な勢力は、依然として天上にあります。わたしたちは昇天の中で生活し、邪悪な勢力をはるかに超えていなければなりません(エペソ3:10.6:12)」。
主イエスよ、あなたを愛します。わたしたちを主と共に復活させ、主と共に天上で座らせてくださったことを感謝します。わたしたちが昇天の中で生活することができますように。そして、わたしたちが 天の要素を多く持ち、霊的戦いをすることができますように。
霊的戦いをするために、昇天の中で生活する必要があります
霊的戦いに従事することのできるただ一種類の人がいます。それは救いを受け入れた人であり、死から復活した人であり、そして今、天上でキリストと共に座している人です。……もしわたしたちが本当に人々をサタンの権力の下から救い出し、彼らが救われるだけでなく完全にサタンの手から離れることを願うなら、福音を宣べ伝えるわたしたち自身が天上に座し、昇天の地位にとどまっている者でなければなりません。……
わたしたちがどれだけ暗やみの勢力を追い出すことができるかは、わたしたちに天的状態がどれだけあるかに直接かかっています。わたしたちが天の要素を多く持てば持つほど、わたしたちはますます霊的戦いをすることができます。わたしたちが天の要素を少ししか持たないなら、霊的戦いの要素も持つことはできません。……人が完全に天的領域に達したとき、彼の全存在、生活、働き、行動はみな霊的戦いです。彼はその行く所で、出会うすべての人から暗やみの力を追い出すことができます。(「命の経験(下)」、第18章)
(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)
7月の祈り8日
言葉の務めと…… 神の分与 第4週(M4)
神の尺度の度量と、霊的戦いについての務め
エペソ3:1-2
こういうわけで、わたしパウロは、あなたがた異邦人のために、キリスト・イエスの囚人となっています――
あなたがたのために、わたしに与えられた神の恵みの執事職について、あなたがたは確かに聞いていることでしょう.
パウロに割り当てられた分は恵みの執事職でした。召会(教会)の奉仕において、わたしたちが認識する必要があるのは、神がある一定の量だけをわたしたちに割り当てておられるので、わたしたちは自分の度量を超えて身を伸ばすべきではないということです。わたしたちは自分の制限、自分の管轄を知って、他の人の領域に入り込まないようにする必要があります。パウロのように、わたしたちは自分の尺度にしたがって、すなわち神がわたしたちに測り与えた程度にしたがって行動し、活動すべきです。
主よ、あなたは主権者です。あなたがあなたのからだである教会を供給し治めています。わたしたちが自分の分を超えて働くことがないように、また、自分に測り与えられた分を地に埋めないように、あなたの主権のもとであなたに仕えることができるあわれみを賜ったことを教えてください。
回復訳聖書フットノートより
恵みとは、キリストの豊富を言います(8節)。神はその豊富を、キリストにあってわたしたちに与えてくださり、わたしたちはそれを得て、享受します。パウロの務めは、キリストの豊富を恵みとして信者たちに分与して、彼らに享受させることでした。
(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)
7月の祈リ6日
言葉の務めと…… 神の分与 第4週(M4)第1日
測りなわの神が、わたしたちに割り当ててくださった尺度の度量にしたがいます
Ⅱコリント10:13-14
しかし、わたしたちは自分の度量を越えて誇ろうとはしません.むしろ測りなわの神が、わたしたちに割り当ててくださった尺度の度量にしたがって、遠くあなたがたにまで到達することを誇ります。わたしたちは……無理に身を伸ばしているのではありません.……
「使徒パウロは大胆でしたが、限度を越えて大胆ではありませんでした。これは、彼が主の制限の下にあったことを示します。パウロが誇ることは、測りなわの神、管理する神が、彼に割り当てた尺度の度量にしたがっていました。コリントを含めた異邦人世界に対するパウロの務めは、神の度量にしたがっていました(エペソ3:1-2,8.ガラテヤ2:8)。このゆえに、彼の誇りは、この限度の中にありました」。
主イエスよ、あなたを愛します。測りなわの神、管理する神を感謝します。神はわたしたちの働きと経験に対して、一定の度量だけを割り当ててくださっています。主よ、わたしたちが自分の働き、経験、主の享受について証しする時、わたしたちに与えられた度量の中で証しすることを学ばせてください。
神の尺度の度量の中で、自分の働き、経験、主の享受について証しします
使徒パウロは大胆でしたが、限度を越えて大胆ではありませんでした。これは、彼が主の制限の下にあったことを示します。パウロが誇ることは、測りなわの神、管理する神が、彼に割り当てた尺度の度量にしたがっていました。コリントを含めた異邦人世界に対するパウロの務めは、神の度量にしたがっていました(エペソ3:1-2, 8.ガラテヤ2:8)。……
13節の「度量」という言葉は、神によって測られることを示します。神はわたしたちの働きと経験に対して、一定の度量だけを割り当てました。さらに、彼はわたしたちに享受する一定の度量だけを与えられました。ですから、わたしたちは自分の働き、経験、主の享受について証しする時、度量の中で、すなわち、一定の限度の中で証ししなければなりません。……わたしたちはみな、主に仕えることと神と共に働くことには、常に制限があることを学ぶ必要があります。これは召会の奉仕においてもそうです。(「コリント人への第二の手紙ライフスタディ(2)」、第51編)
(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)