7月の祈リ6日

言葉の務めと…… 神の分与 第4週(M4)第1日

 

測りなわの神が、わたしたちに割り当ててくださった尺度の度量にしたがいます

 

Ⅱコリント10:13-14

しかし、わたしたちは自分の度量を越えて誇ろうとはしません.むしろ測りなわの神が、わたしたちに割り当ててくださった尺度の度量にしたがって、遠くあなたがたにまで到達することを誇ります。わたしたちは……無理に身を伸ばしているのではありません.……

 

「使徒パウロは大胆でしたが、限度を越えて大胆ではありませんでした。これは、彼が主の制限の下にあったことを示します。パウロが誇ることは、測りなわの神、管理する神が、彼に割り当てた尺度の度量にしたがっていました。コリントを含めた異邦人世界に対するパウロの務めは、神の度量にしたがっていました(エペソ3:1-2,8.ガラテヤ2:8)。このゆえに、彼の誇りは、この限度の中にありました」。

 

 主イエスよ、あなたを愛します。測りなわの神、管理する神を感謝します。神はわたしたちの働きと経験に対して、一定の度量だけを割り当ててくださっています。主よ、わたしたちが自分の働き、経験、主の享受について証しする時、わたしたちに与えられた度量の中で証しすることを学ばせてください。

 

神の尺度の度量の中で、自分の働き、経験、主の享受について証しします

 

 使徒パウロは大胆でしたが、限度を越えて大胆ではありませんでした。これは、彼が主の制限の下にあったことを示します。パウロが誇ることは、測りなわの神、管理する神が、彼に割り当てた尺度の度量にしたがっていました。コリントを含めた異邦人世界に対するパウロの務めは、神の度量にしたがっていました(エペソ3:1-2, 8.ガラテヤ2:8)。……

 

 13節の「度量」という言葉は、神によって測られることを示します。神はわたしたちの働きと経験に対して、一定の度量だけを割り当てました。さらに、彼はわたしたちに享受する一定の度量だけを与えられました。ですから、わたしたちは自分の働き、経験、主の享受について証しする時、度量の中で、すなわち、一定の限度の中で証ししなければなりません。……わたしたちはみな、主に仕えることと神と共に働くことには、常に制限があることを学ぶ必要があります。これは召会の奉仕においてもそうです。(「コリント人への第二の手紙ライフスタディ(2)」、第51編)

 

(JGW日本福音書房 回復訳聖書より)